総会・懇親会詳細

2026年8月8日に、同窓会「鵬会」が開催されました。
当日の様子を下記URLよりインスタグラムの投稿をご覧ください。

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鵬会からのご報告

令和7年度報告書

鵬ドリカム講座講師一覧


令和8年度 鵬ドリカム講座 講師一覧

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令和7年度から8年度 8 月までの部活動実績(九州・全国大会)

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令和8年度(2026年度)入試合格状況

特集記事対談全編

鵬会会報インタビュー

相田

今日は鵬会の会報誌「鵬」に掲載する特集記事、お三方による対談ということで、南高校の現校長山尾典子先生と、宮崎県の教育次長長友美紀先生、それから前宮崎西高校校長谷口彰規先生に日曜日のお休みのところをわざわざ来ていただきました。 ありがとうございます。         山尾先生が22回生、それから長友美紀先生が23回生、谷口先生が20回生ということで、ほとんど同じ時期に南高に在籍されて、同じような南高の校風、同じような南高の風景を見ていらっしゃったと思います。 当時、先生方、南高ってどういう学校でした? 山尾先生からどうでしょう。

山尾

諸先輩方のおかげで、私たちの頃は比較的のびやかに過ごせたかなと思ってます。 もちろん勉強とか課外とかはそうですけど、それ以外のところも先生たちも割と鷹揚に、手のひらの上に乗せてやってくれてたような感じでした。先輩方の話と比較すると高校生活は真っ当だったなと思ってます。

相田

谷口先生いかがですか。

谷口

ちょうど私が高校1年生の時が、大きな転換になったと聞いてまして。 それまでの先輩方はやっぱり「大宮は天国で、南高は…」っていうのがあって。ちょうど私が入ってきた年ぐらいから、「部活動もどんどんやりなさい」と。 もちろん勉強も。 そういう風に変わっていった、ちょうど転機の時だったと思いますね。ですから、私の同級生なんかも、南高に対しては「きつかった」とか「苦しかった」とかいうよりも、懐かしい思い出を持っている同級生らが多い、そんな感じがします。

相田

長友先生いかがですか。

長友

同じですね。 私、本当に山尾先生が言われたのと同じで、先生たちが仲が良くて。先生たちが仲がいいって、ちょっと語弊があるかもしれませんが、親が仲がいいと子供がのびのびするのと同じで、先生たちが、変な話、今じゃちょっといけないかもしれませんが、「昨日は〇〇先生と飲み行って、カラオケでなんとかとかで〜」って、みんなゲラゲラゲラって。 じゃあ、授業しようって感じで。 だから生徒たちも安心して過ごしていたし、先生に「あの人がかっこいいっちゃけど、先生教科担やっちゃろ」って言ったりとか。それは変な高校生でしたけど(笑)。そのぐらい私は大好きな学校でした。

相田

私は15回生なので、 いわゆる地獄の南高という感じでした。 部活は禁止。 やっぱりもう勉強、勉強、勉強、勉強。やっぱり卒業するときに、みんなもう「南高くたばれ」みたいなノリで卒業していって。 だから我々の年代は、50歳過ぎたぐらいから、みんな高校に対して、「あの時代があったから今の自分があるんだ」という自覚も出てきてましたが、「若い頃はやっぱりもう南高同窓会?絶対嫌だ」みたいな、そういう感じの人が多いっていうイメージですね。 先生方、それぞれその生徒さんとしてはどんな生徒さんだったんですか? 宮崎の教育界をリードしていらっしゃる先生方ですから、さぞかし優秀な生徒さんだったんじゃないかなと想像はしますが、実際のところどうだったんでしょう? 山尾先生。

山尾

優秀でも何でもなく、斜め45度を向いてるような生徒でした。そんな感じですね。

相田

斜め45度ってのはどういうことですか?

山尾

卒業アルバムでも絶対向こうを向いてるみたいな、物理的にもそんな感じで。 ただやっぱり、なんでしょう、南高ってなんかこう、自主自立の風も吹いてて、一人一人の個性が立つっていうところがあるような時代だったなと思ってるので、それはそれで面白い集団の中で暮らしていたという気はします。今も同級生とかと会うと、やっぱり「よかったな南高で」っていうような雰囲気を感じてます。

相田

長友先生どうでした?

長友

私1年時から特クラというクラスに入って。 今でも反省なんですが、特クラに残るために1年の時勉強して。2年の時も残れて、特クラに残るために勉強したら、3年でモチベーションが無くなって、はじけて、もう宮交シティが毎日の課外授業。 だから、さっき山尾校長先生が言ったけど、自主自立ということで考えると、私はもうちょっと自分が将来を見て、せっかく先生たちも素晴らしい先生たちだったんですし、私の同級生も本当みんなちゃんと未来を見て勉強して。 そんな中、私ってすごく幼かったなということを反省してます。それを考えると、今の高校生って意外としっかりしてるなというか。 …という自分の反省です。

相田

谷口先生いかがですか。

谷口

自分の高校時代、学級委員とか、そういうことをさせられることは結構あったかなと。 ビシッとというよりも、人をこう面白く楽しく「まとめる」っていうとちょっとおこがましいけど、そういうのがずっと好きだったですね。生徒総会とかそんなのよりも、遠足の学年の出し物とかを考えて、それでみんなで楽しむとか、そういうのが好きだった。 それは将来の教員になってからも役立ったかなという気がしますね。

相田

先生方は部活動とかはされてたんですか?

山尾

私、最初だけソフトボールに入って、過呼吸で辞めました。軟弱な体力だったので。

相田

その後は別の?

山尾

その後はもう「青春謳歌部」に入って頑張ってたところです。

相田

長友先生はどうですか?

長友

私も中学校時代、付属中の水泳部で、もう頑張りすぎてしまって、高校時代は青春を謳歌するんだ!ということで、当時石原口先生に「ハンドボール部に入れ、入れ」って言ってもらったんですけど、「絶対入りません、絶対入りません」って言って。 でも入っとけばよかったなと後悔している「青春謳歌部」です。

相田

じゃあ部活は特にやってない?

長友

高校では一切やってないですね。

相田

私聞いたところによると、長友先生って南校初の女性生徒会長をされたって聞いてます。

長友

南校じゃないです。付属中です。

相田

付属中で!

長友

なので、高校ではそれこそもう今でも苦い思い出なんですけど、クラスの中にいっぱい知ってる人がいたから、高校1年のときに「生徒会になりない、なりない」って言われて。 「私は、高校時代は人の前には立ちたくない」って言って、涙ながらに・・・(笑) 今考えても本当に恥ずかしいんですよ。本当に恥ずかしいんですけど、涙ながらに断りました。

長友

全部チャンスを自分で・・・。なんかダメな高校生ですね。本当そういう意味では、もっと自分で、もっともっといろいろ挑戦しとけばよかったなと。

相田

そうなんですね。初めて聞きました。

長友

この学校にはそういうのがいっぱいあります。後悔がいっぱい残ってます、ここには。

相田

谷口先生は?

谷口

私はですね、部活は入ってなかったんですけど、新春に宮崎市内かな、県内か、高校生が集まって、百人一首大会っていうのがあって、それで百人一首のメンバーが足りないから、まあプラプラしてたから、やれと言われて、百人一首にもう半分、部活に足を突っ込んでるような感じで。 それまでは高校1年生の時に、毎週月曜日に強制的に10首、国語で覚えさせられたテストがあって。もうそれは嫌で嫌でたまらなかったんですけど、新春大会に向けては結局覚えないといけないので、もう本当にあの百人一首は真剣に覚えて、寝ても耳に歌が出てきてるぐらい、やっぱりあの時に覚えたものっていうのはやっぱ今でも忘れてないんですよね。だから、半分百人一首部だったんじゃないかなと、自称言ってます。 またその時の私を引っ張り込んだ先生がですね、西校で私が校長の時に、中宮先生っていう先生ですが。70歳を超えて学校にお見えになって、あれはものすごく緊張しましたね。

長友

懐かしい。

相田

先生方もそれぞれ専門の教科を持ってらっしゃるじゃないですか。山尾先生は国語、長友先生は英語、谷口先生は日本史ですね。

相田

先生方は高校時代からその科目が得意だったんですか?どうですか?

山尾

得意で、好きでしたね。好きの方が強かった気がします。

相田

長友先生いかがですか?

長友

私もどちらかというと得意なのは国語だったんですけど、好きなのが英語で。私も好きだったから英語を選んだと思います。

相田

谷口先生は歴史オタクだったんですか?

谷口

いや、オタクというほどではなかったです(笑)。 ただまあやっぱ好きでしたね。高校2年の時の担任の先生が、初めて担任を持つという日本史の先生で。もうその先生の授業を受けて、自分はやっぱり日本史の先生になるんだと。 大学もその先生と同じ大学に行こうと思ったので、そういう意味じゃ、南高校の高校2年のときの影響、自分はものすごく強いですね。

相田

南高校時代に、好きだった先生とか、印象に残っている先生とか、この先生の影響を受けましたみたいな先生がいらっしゃいますか?

山尾

私はやっぱり国語の先生で、代々の国語の先生。中宮先生であったり、西内公正先生であったり、影響を受けましたね。あとは担任の先生も個性豊かな先生ばっかりで。 昔は理科Ⅰとかいう授業があって、籾木先生は生物の先生だったんですけど、物理の分野を教える時に必ず物体が「トコにつく時間!トコにつく時間!」って言われてて、「床(トコ)?床(ゆか)?」って、もうそこから籾木先生いい人だなって思いながら授業を受けてた記憶があります。

相田

長友先生いかがですか?

長友

いや、ほんとたくさんいらっしゃって。

相田

何人か名前を挙げて見てもらえると。

長友

名前を挙げるとすれば、1年時の担任の先生が田中重信先生で、亡くなってしまわれましたが。田中先生が、本当に、おおらかで、厳しくて、優しくてっていうところで、すごく好きでした。中宮先生も、若い先生で、初めて選抜クラスの担任を持たれたというようなこともあって、自由な風というか、その田中先生とはまた全然違う自由な感じで。 ところが、これが3年になった時に同級生の間でまことしやかに流れた噂があって、(これちょっとカットかもしれないんですけど。笑)選抜クラスの3年生を受け持たせるのに若い先生じゃ心配だっていう理由で、ベテランの谷山先生に変えられたらしいという噂で、もちろん今考えると学校全体を考えてのいろいろな事情があったんだろうなと思えるのですが、純粋な高校生にしてみれば、大人の事情というか、なんで? って。 「私たちはこんな中宮先生にみんな懐いているのに」って言って、谷山先生に最初なんかみんな「フンッ」みたいな感じだったんですよ。 けど、谷山先生も躍進賞っていうのを作ってくださって、生徒が成績があったら本物のメダルを作ってくださって。先生が自分で作ったのとかじゃなくて、ちゃんと記念品屋さんで躍進賞っていうのを作ってくださって。 こう褒めてくださったり、例えば文化祭の時に、賞を取ったら、ガリガリ氷とかじゃないんですよ。 ハーゲンダッツとか白熊とかすごく高いのをみんなに!高校生はものに弱いから(笑)。「え、先生すげえ」みたいな。 やっぱりそんなので、先生に褒められることが高校生になってもこんなに嬉しいんだなという、私の後々の教員になってからのいろんなことに影響を与えたという意味では、谷山先生。もう一人だけ名前を挙げさせてください。富永麻智子という体育の女子の先生がいて。やっぱり女性で、若くて元気で。 働く女性ってかっこいいなっていうのを、やっぱり麻智子先生見ててすごく思いました。 そういう意味では影響をすごく受けてると思います。

相田

谷口先生はどうですか?

谷口

それを言ったらやっぱり2年のときの髙崎広一郎という日本史の。 その先生の影響で大学も同じ教科の教員にもなったということですけども。もう一人言えば、やっぱり数学の寺田健一ですかね。この先生はずっと3年生の担任ばっかり持ってて、たまたま1クラスだけ2年生の私のクラスを教えにみえてて。 とにかく緊張感ピリピリで。もうとにかく入ってきてからニコリともしない、コンパスを縦に持って、すごい厳しさがあって、午後の5時間目に授業があろうもんなら、昼食べたもんが出てきそうなぐらいの緊張感のある数学の授業でしたけど。 しかし、これが不思議と数学ができるようになるという。 まあこれは、今でもやっぱり授業とかに厳しさというのは大事だなとずっと思う、一つの根拠というか。その寺田先生とはもうずっと連絡を取り合って。最後は息子さんが西高に教員としてみえて、本当にそれだけつながりもあって。やっぱ一番忘れられないのはそのお二人ですね。

相田

高校時代のいろんな先生に影響を受けて、先生方の教員としてのスタイルもできてきたのかなという感じがしました。先生方の若かりし頃のお話はそのくらいにして、今の南校についての話にちょっと聞きたいと思います。

宮崎市内には県立の普通科高校が 4つあって、元々我々の頃は、大宮高校と南高校が本当ライバル関係で、「大宮を追い越せ」と言われながら鍛えられた世代なんですけども、その私が中学 2年生くらいの時に西高ができて3校体制になりました。 その後何年かして北高ができて、今の4校体制ができるわけですけども。 それからもう何十年という時が経って、今は学校のランク付けみたいなものできて、南校としてはやっぱり西高を、大宮もそうですけど、西高をやはりライバルとして見てきている中で、ついこの間まで西高の校長先生をされてた谷口先生にお聞きしたいんですけども。 西高と南高、どっちがいい高校ですか。 答えにくいでしょうけど(笑)。答えられる範囲で。 怒られない範囲で(笑)。

谷口

僕は南高校を卒業しましたけど、勤務したことがないので、なかなかそこが難しいところじゃあるんですけど。どちらの生徒も同じ宮崎市の生徒なんですけど、やはり合同選抜が外れてから、ぶっちゃけて言えば、大学進学ということだけを考えれば、そこだけを見れば、もう今中学校やら塾とか、そういったところが、中学生の意思よりも、いわゆる模擬試験の成績とか、そういったものでこう振り分けていくような時代になってますね。 そういう意味では、南校は競合する私立高校も近くに多いので、これはやっぱり大変だろうなと思います。ししかし、もう今普通科高校も大学進学だけをもう中心に置いてやっていくような時代じゃなくなってるので、やっぱり地域との連携とか、地域の大学との連携とか、部活動に力を入れるとか、そういういろんな特徴を出しながら、南高校は続いていってるなという感じはしますね。ぶっちゃけて言えば、南高校のフロンティア科と西高校の普通科、これをどっちにしようかなと迷う生徒が非常に多い。 自分の子供がそうでしたので。そこをどううまく引っ張るかというとこだろうなと思いますね。 生徒自身はどっちの生徒がいいとか悪いとかいうことはないと思うし、先生方も南高校の先生もいい先生いっぱいいらっしゃるし、そこだと思いますけど。 でもやっぱ要は近場、地元の生徒をどう固めるかということなのかなという気がします。

相田

南高のやっぱいいところ、西高のいいところ、それぞれなんかこう一つずつ挙げていただくと、特徴的な違いっていうのはあるんですか。

谷口

そうですね。西高は依然として、大学進学をもう全体としてやっぱり目指すと。 もちろん南高校もそうなんでしょうけど、でもその大学進学の目指し方が、教科の勉強だけではなくて、探究とか、部活動とか、いろんな広がりがあるのは南高かなという感じがしますね。

相田

ありがとうございます。じゃあ今度は、内側から見た南高の特徴というか、ありますか?山尾先生。

山尾

南高は、3つのフェーズがあるなと思っていて、最初は、相田事務局長が言われたように「大宮に追いつけ追い越せ」の時代。2番目が文武両道の時代で、甲子園行ったり、国公立大学者数が最高になったりとか、そういう文武両道の時代。 3つ目が今、地域共同の時代になってきてるのかなと。本校が令和元年に、文科省の指定事業で地域と共同というのをやった時に、同窓会の方にも非常にお世話になって、コンソーシアムとかを作って、地域と共同でいろんな人材を育成していきましょうっていう、そういったところが生徒たちにどんどん、もう今8年目ですけどどんどん広がってきて、地域のために何ができるかとか、誰かのために何ができるかっていうような、その延長線上に、進学。どういうふうなことを身につけて、還元できるように。自分の得意をどう、持っていけるかみたいなところが少しずつできてきてるかな、そんな感じがしてます。 谷口先生が言われたように、私立さんもほんとたくさんあるとは思うんですけど、南高としても1つのクラスだけじゃなくて、全校生徒望むところへっていうところで、職員一同頑張ってるので。ちょっと塾の先生が面白いこと言われてて。西高さんはどっちかっていうと先生が「牽引者」である。南高は先生が「伴走者」である、みたいな感想を言われていて、そこは昔からなのかなっていうところを思ってるとこですね。 同窓会の方にもいろんな支援をいただきながら、進学っていうところを含めてですね、本当にありがたいなと思ってるとこです。

相田

山尾先生も校長先生として、例えば会社で言えば社長みたいなもんじゃないですか。 この今の南高の中で、その「山尾カラー」というか、山尾先生ならではの色をどういう形で出そうとされているんですか?

山尾

もう煙のように漂ってるみたいな感じが私としてはいいなと思ってて。 どちらかっていうと、コンプライアンスもそうですけど、空気みたいなものが綺麗でないとみんな息ができないので。どっちかっていうと、あんまり私は風を吹かせる方じゃないなと。みんなが生徒の一人一人とか、先生一人一人が風を起こしてくれる、そういう存在であったらいいなと思って、那須前校長の風は南からっていうのは、よく使わせていただいてるところです。

相田

ありがとうございます。長友先生、今は県の教育委員会の次長さんと立場でいらっしゃって、県の教育会全体を俯瞰して見る中で、南高っていうのはどんな位置づけなんですか。

長友

そうですね。 どう答えればいいのかっていうのがすごく難しいところであるんですけども、今広く言われたように、文部科学省がN-E.X.T.ハイスクール構想(*1)というのを打ち出して、2040年に向けた高等学校教育の改革をしろということで。ちょっと話それるかもしれないですけど、先日、文部科学省が実施したミーティングに参加してきた時に、すごく自分の中で何かがパッと目が開いたのが、その会の中のある方の発言で、「2040年は今から14年後ですが、逆に14年前を振り返ってみると、携帯電話やスマートフォンをはじめ、社会がどれだけ変わったかが分かります。そう考えると、14年後は今以上に大きく変化しているはずです。それなのに、教育だけがこれまでと同じでいいのか、という問いかけがありました。そのとき、私自身も『あっ』と思ったんです。

これまでは、先生が教室に入ってくると生徒がピリッとするような授業スタイルがありました。普通科でいえば、模擬試験で良い点を取り、世間が一定の基準でランク付けした大学に進学し、そして会社に入れば人生は安泰――かつては、そういう価値観が一つの大きな物差しになっていたと思います。しかし、これからは必ずしもそうではないでしょう。教室に座って学ぶことが自分に合っている生徒もいれば、遠隔教育など、別の学び方が合っている生徒もいる。多様性や学びの変革を考えれば、学び方そのものも多様であっていいのではないでしょうか。

そう考えると、先ほど谷口先生も言われたように、南高校はかなり早い段階から、新しい物差しを上手に取り入れている学校だと感じます。校長先生もお話しされていましたが、価値観が変わっていく中で、生徒自身が学校や学びを選んでいく時代になっています。そこには、学校としての危機感もあるのだと思います。私立高校が多く、さらに私立高校の授業料無償化という、一見すると公立高校にとって向かい風ともいえる状況の中で、先生方と生徒が一緒になって、南高校が南高校であり続けるための知恵を出し合っている。その姿勢が大切なのだと思います。

私は、価値観を測る物差しをいつまでも一つだけにしておくことには、大きな危険があると感じています。昔は、先生が掲げた一つの大きな物差しで、生徒一人一人を測っていたのではないでしょうか。でも、これからはむしろ、生徒一人一人が持っている物差しのところに先生が寄り添い、『今、君はここまで来ているね』と一緒に確認していく。生徒自身が自分の物差しを持ち、それに先生が伴走する。先ほど校長先生がおっしゃった『伴走』という言葉は、まさにそういうことなのだと思います。

もちろん、一人一人に合わせていくことは、先生方にとって大変なことだと思います。それでも、それをやろうとしている南高校の姿を外から見ている者として、応援していかなければならないと感じています。

母校だからという思いもありますが、教育委員会としても、南高校の新しい取り組みに対して、できる支援や応援をしていかなければならない。そう考えています。」

相田

ありがとうございます。学校そのものもね、そのあり方っていうのもいろいろこれから変わっていくので、その最先端を南高がいってるっていうのは非常に嬉しい話ですね。肝心のその生徒さん自身の学生気質というか、先生方もご自分の高校生時代のこともあるだろうし、教員として30年以上いろいろ生徒さんを指導してきて、見てきた中で、昔の生徒気質と今の生徒気質、やっぱり違うものですか? 山尾先生いかがですか。

山尾

そうですね、やっぱり変わってきてると思いますね。 非常にのびやかで、明るい反面、摩擦には弱いのかなというところも感じているところです。なので、例えば今の生徒さんは、グローバル化がどんどん進む中で、国際競争の中に投げ込まれた時に、うちの学校だけじゃなくて、日本全体が二極化していかないといいなと思いながら、生徒にもできるだけ多様な経験をさせたいなと思っているところです。 ただ、一生懸命何事にも取り組んでくれようとするところは、もう何でしょう、戦争がなくて、平和教育がずっとうまくいってる、そういう日本ならではの気質なのかなという気はしているところです。

相田

谷口先生の生徒気質の変化というのは?

谷口

大きく変わったと思いますね。 ある意味、教員からしたら指導しやすくなったというか、やりやすくなった。誠実で、何でも言うことを聞く。 昔はこう、斜(しゃ)に構えて向かってくるような、そういう生徒がたくさんいましたけど、今はそれほとんどいないです。 だから逆に言えば、私は先生が指導にあぐらをかけやすい環境にはなってきていると思うんですけど、でもその分、自分で何かを見つけて開拓して向かっていくという、ハングリー精神というか、ガッツっていうのは溢れてるから、そういったところは、昔と大きく違うなと。 特に親との関係。 もう今は親とも非常に仲がいい。 これは、いいことなんでしょうけど、体育大会や文化祭でも、保護者の方も一緒になってご覧になる。 私たちの時のなんか、体育大会なんかに保護者が来るなんて見たこともなかったですけど、今はもうとにかく「どうすれば行けますか」っていう感じですから。 そういう意味じゃ生徒は柔らかくはなってると思います。 だからそこをどうけしかけるかっていうのは大事だと思います。

相田

長友先生、いかがですか。

長友

先輩方お二人は「南高生全体」という視点でお話しされましたが、私は一人のかつての南高生として、少しお話ししたいと思います。私は在学中も卒業してからも、「出身はどこですか」と聞かれると、必ず「名門・宮崎南高校です」と答えていました(笑)。誰に何と言われても、「南高でしょ?」と言われれば、「いいえ、名門宮崎南高校です」と(笑)。それくらい、南高生であることが大好きでした。付属中出身なので、大宮高校や西高校の友人もいましたが、私はいつも「南高が最高」と思っていました。先生方も素晴らしいし、友達もみんな優秀で、自分以外は(笑)。学校生活も本当に楽しかった。勉強が「よだきい」と思うことはありましたけれど(笑)。だからこそ、今の南高生たちも、きっと南高が好きなんだろうと思うんです。先生方のことも、学校そのものも好きなのではないでしょうか。私は、「学校が好き」という気持ちは、やがて「自分を好きになること」にもつながっていくのではないかと思っています。そして、それが卒業した後に、「あの頃があったから今の自分がある」と振り返ることにもつながるのではないでしょうか。

これから社会はますます変化していきます。南高校は、総合的な探究にも一生懸命取り組んでいます。もちろん、準備された一つの答えに向かって正解を求めて学ぶことも、社会の中では大切です。でも、それだけではなく、自分自身で答えのない問いに向き合い、自分なりの答えを見つけていく。その経験こそ、これからの時代にはますます重要になると思います。

そして卒業した後、「母校はどこですか」と聞かれたときに、「宮崎南高校です」と胸を張って言える。そのときに、「南高だったからこそ、この答えを見つけることができた」と思えるような生徒たちが育っていってほしい。私自身が「名門宮崎南高校出身です」と誇りを持って言ってきたように、これからの後輩たちにも、そんな南高への愛着と誇りを持っていてほしいと、心から思っています

相田

ありがとうございます。私は今の若者を見てて、不良がいないなと。見るからに不良。我々の頃いましたよね。 真面目な生徒と不良は見ただけでわかる。 今は、みんな真面目そうに見える。僕らの南高校の中でも、「こいつ悪いよね」っていうのが何人かいましたけど、今はいないですよね。 そのあたりどう、どうなんですか? 悪いやつはいないですか?

谷口

やっぱり内にこもってるというか、特にSNS系ですね。あっちの方での問題がやっぱり多い。もう外に向けて、「悪い!」っていうのはもう本当に減ったと思いますね。

相田

悪さが陰湿化してるんですかね。

谷口

内にこもってるというか、見えないもの同士の繋がりとかですね。

相田

人間の社会ですから、やっぱりある一定数の悪いのはいますよね。

長友

いますね。

山尾

昔はそういうのを前面に出して、自他共に自覚があったじゃないですか。 今の子たちはどっちかっていうと、突発的に何か手を染めてとか、ノリでとか、そういう感じもあるような気がしますね。

相田

さっきの親と子の関係でもそうですけど、やっぱり今の子どもたちって結構「いい子化」しているというか。

長友

昔、「ヤンキーの人ほど実はいい人だ」とよく言われていました。私は当時、怖いなと思っていたんですが(笑)、今振り返ると、あれも一つの「自己表現」だったのではないかと思うんです。自分の思いやエネルギーを外に出す方法が、リーゼントだったり、派手な格好だったりした。つまり、「俺はこういう人間なんだ」と世の中に示していたわけですよね。ところが今は、自己表現の方法が大きく変わりました。SNSなど、誰でも自分の思いや感情を発信できる場所があります。例えば、何かにイライラしたとき、昔なら「俺はリーゼントでそれを世に問う」という表現だったものが、今ならスマートフォンを手にして、ピピピピッと(笑)、「お前は何なんだ」と書き込んだり、SNSに投稿したりする。自己表現をする場所ができたことで、若者のエネルギーの出し方も変わってきたのだと思います。

だからこそ、今の教育を考えるときには、子どもたちが何を感じ、何を表現したいと思っているのか、そして、その思いやエネルギーをどう社会との関わりにつなげていくのか、という視点も大切なのではないでしょうか。

相田

悪さも一つの自己表現だったわけですね。今はそれが陰湿でいろんなところに匿名で書き込みをしたりとか。

長友

はい。

相田

これはね、ある一定数の悪い奴はいるっていう世の中でしょうから、教育でもなかなか是正できない部分かもしれませんけどね。じゃあこれから今後、南高校を、まあ山尾先生の立場からすればどういう学校にしていきたいのか、あるいはお二方からすればどんな学校になってほしいのか、その辺の観点からお話をいただきたいと思うんですけど。 今度は谷口先生からいかがですか? どんな学校になってほしいか。 自分の母校ということと、やっぱり今までそのライバル校含めて外から見てきた南高校、これから南高はどういう学校になるべきなのか、なってほしいのか、外からの目線であるいは自分の母校という目線でアドバイスいただければと思います。

谷口

「永遠に続く学校」であってほしいと思いますね。 というのは、今はもうこれだけ中学生の数が減って、教育委員会の方でもの入試やら工夫されてますけど、私はもう定員を減らすなり、あるいは統廃合も、ぶっちゃけて言えば避けては通れないと思うんですね。 もう今の数をそのまま維持するなんてことはありえない。その中で一つ、二つ、三つ減っていく中で、この母校南高校だけはそうなってほしくない。 ずっと続いていく学校であってほしいと。 そのために、魅力づくりと言っても、なかなか簡単ではない。 そのために、まずは近場、地元、ここをやっぱりしっかり固めること。 それともう一つは、あの ICT とか AI とかいろいろ言われてますけど、やっぱり教育の根本は人だと思うんですよね。 生徒が本当についていくのは、その先生自身の、何て言うかな、指導のやり方というか、パーソナリティとかそういうものに惹かれるところはやっぱりずっと今も昔もあって。 だから南高の先生にも生徒にも、ぜひその自分を魅せる魅力の「魅」ですよね。 そういう学校であってほしいと。 ずっと永遠に南高だけはあり続けてほしい。

相田

そういう意味では、学校の宮崎県の教育界を仕切っていらっしゃる長友先生から見て南高どうでしょう。

長友

統廃合については、先ほど谷口先輩がお話しされたとおり、少子化の中では避けて通れない問題だと思います。今、県内の中学3年生は約1万人ですが、2040年には6,000人を割ると言われています。これはどれくらいの規模かというと、宮崎市内とその周辺部の県立高校の現在の1学年分が、ほぼまるまるいなくなってしまうほどの大きな減少です。そういう時代を考えたとき、私は、ここにいる私たち4人もそうだと思いますが、「あの学校で良かったな」と思える学校であることが、何より大切なのではないかと思います。生徒自身が「やっぱり、この学校はなくしたらいけないよね」と思える学校です。

先ほど山尾校長先生が「地元」というお話をされましたが、少し厳しい言い方になるかもしれませんけれど、地域から愛されていない学校は、やはり存続が難しくなると思います。「あの学校がなくなったら困る」と地元の人たちに思ってもらえる学校であり続けることが大切です。そのためには、全国から生徒を集める必要はありません。むしろ、近くの地域からたくさんの子どもたちが南高校に通い、卒業して地域に戻ってきて、「やっぱり南高で良かった」と思ってもらえる学校であってほしい。かつて、宮崎市南部を中心とする地域の人材を、南高校が数多く輩出してきました。そして今も、宮崎市のさまざまな分野で多くの卒業生が活躍しています。そうした歴史を受け継ぎながら、この地域の子どもたちを大切に育て、卒業後も地域を支える人材を送り出していく。そんな南高校であり続けてほしいと思います。卒業生として願うのは、いつも見上げればそこに母校がある、ということです。その存在が地域にとっても、卒業生にとっても、心の温かさにつながっていくのだと思います。

相田

山尾先生お願いします。

山尾

卒業生の皆さんのお話を伺って、本当に身が引き締まる思いです。今の生徒たちは、少子化をはじめ、さまざまな外的要因の影響を受けながら生きていかなければなりません。だからこそ私は、これからの教育では「内発性」を大切にしたいと考えています。「自分はどうしたいのか」「自分はどうありたいのか」「自分自身を肯定できているのか」。そうしたことにきちんと向き合い、自分の軸を持って生きていける、腰の据わった生徒を一人一人育てていくことが必要なのではないかと思っています。私自身の高校時代、そして諸先輩方の高校時代もそうだったと思いますが、皆さん「自分」を主語にして、いろいろなことに取り組んできたのではないでしょうか。その姿勢を、南高校の大切な伝統として、今の生徒たちにもつないでいきたいと思っています。「先輩たちも、自分を主語にして、自分の人生を切り拓いてきたんだよ」と伝えながら、生徒一人一人が自分自身を大切にし、自分の意思で未来を選択していけるような教育を、これからも進めていきたいと思います。

一同

よろしくお願いします。

相田

今お話いろいろ出ましたけども、少子化だとか、学校の統廃合っていう話は、僕らも一般人としてね、いろんなところで耳にするし、ニュースもで聞きますし、でも人ごとだと思っていたんです。ひょっとしたら将来的に南校もその対象になるかもしれないというのを考えたら、谷口先生おっしゃったように、何としてでも南校が残ってほしいっていうのは、やっぱ卒業生としての思いですけども、そのためにはやっぱ地域に愛される学校でなきゃいけないし、僕が今一つ思ったのは、同窓会としてね、同窓会がやっぱり活発で、卒業生がみんな南校のことを愛してる、応援してるということも、学校が残る一つのちっちゃな要素かもしれないけど、大事なことじゃないかなと思って、同窓会も頑張らなきゃいけないなという風に思いました。

それでは最後にですね、皆さんにタイムマシンに乗っていただいて、高校時代の自分の目の前に立ってい ただいて、高校南高生の自分に一言、何か声をかけてアドバイスをしていただきたいというふうに思います。 それがまた今の現役の南高生に対する声かけとかアドバイスにもつながるんじゃないかなと思って。 40年前の自分に一言、お声をかけていただきたいなと思うんですけど、ちょっと時間置きましょうか。 考えていただく時間。

谷口

難しいな(笑)。

相田

山尾先生どうでしょう。

山尾

そうですね。 「世界は広いよ」とか「感謝の気持ちを大切に」みたいな感じだと思います。私、本当にもう自分中心っていう感じが強かったので、悩み事とかもほぼ日記帳に全部毎日毎日書いていくような、すごい閉じた部分もあったので、もっと世界は広いよとか、もっと周りの人に感謝しながらやりなさいねって言って、肩をこうちょっと揉んであげたいなっていう感じがしたところですね。

相田

ありがとうございます。長友先生お願いします。

長友

難しいなぁ。これ本気で考えてしまいます。なんか本当に最初言われた時はちょっとうるっときました。 いっぱい後悔を残してくれた… なんか本当に泣きそうになりました(笑)。後悔を残してくれたおかげで、あなたは決していい生徒じゃなくいい高校生じゃないし、出来が良くもないけれども、あなたが残してくれたいっぱいいろんな後悔とかダメなところで、私は支えてもらって、今も頑張れてるよって言いたいです。

相田

ありがとうございます。最後に谷口先生。締めも含めて。

長友

すごい良いこと言うんでしょ(笑)。

谷口

いやいや、そんな(笑)。 でも、もう当時からいい先生や友達にも恵まれてましたから、その中で強いて言えば、日本のこととか、世界のことを知るための本を読むなり、今は情報網もあるので、アンテナを広く、高校生活をより広くしていけばいいのかなと。 私は南高時代には、もうそれでいいんじゃない?と言ってもいいのかなって気がします。

相田

ありがとうございます。

長友

相田さんは?相田さんなんて素晴らしい高校生活だったと思うから。

相田

なんだろう。 私はね、僕は合唱部だったんですけど、特に部活もそんなに一生懸命やってなかったし、やっぱり運動部なんかね。 部活禁止でしたけどね。 先生に逆らってでも部活動はなんか運動部やっときゃよかったなと、思ってますね。でも周りが皆「南高楽しくなかった」と、「地獄だった」という中で、私は結構楽しい高校生活だったような気がします。勉強も実は皆さんが思ってるほど、あんまりしてません、家では。 その代わり、僕、授業中にめっちゃくちゃ集中して授業を聞いてたんで、当時1日5時間勉強しろとか言われてましたけど、絶対無理だろうと。家で勉強するのって、もう30分から1時間ぐらいでしたね。そのこと全然後悔してないんですけども、高校時代にあんまり後悔もないし、むしろやっぱ大学行ったらもうちょっと真面目にやっとけばよかったねと。 お前の人生は高校が終わって大学に合格したことで終わりじゃないんだから、それから先がもうちょっとお前は頑張るべきなんだぞというふうに、高校卒業する自分に向かって言いたいですね。

長友

さすがです。

相田

今日は対談はこの辺で終わりたいと思います。 ありがとうございました。

一同

ありがとうございました。

(※1)N-E.X.T.(ネクスト)ハイスクール構想とは、2040年を見据えて文部科学省が推進する高校教育の抜本的な改革ビジョンおよび国家プロジェクトです。少子化による生徒数の減少や、AI・デジタル技術の急速な発展といった激変する社会に対応するため、全国の高校を次世代のイノベーション拠点へと進化させることを目指しています。

鵬会来年もお楽しみに

本年度の鵬会は終了しました。
来年度の参加もお待ちしております。

鵬会の皆さま、今後ともご理解とご協力よろしくお願いいたします。

今年も開催!令和8年度鵬会 総会・懇親会!

今年もこの時期が近づいてきました!
下記の通り、総会、懇親会を開催いたします。

日時:令和8年8月8日(土)18:00~(17:30~受付)
場所:MRT Micc 2階 ダイヤモンドホール
会費:一般 8,000円
   学生 2,000円(62〜59回生)
主催:宮崎南高等学校同窓会鵬会

実行委員会では、初めて参加の方でも、一人で参加の方でも、楽しんでいただけるよういろいろ準備を進めております。
毎回、豪華景品が当たる抽選会も好評をいただいております。
若手の理事も増え、みなさんと一緒に楽しむ準備をしています。

まだ、参加されたことがない方も、参加してみませんか?

詳しくは、特設ページをご覧ください。
(特設ページへのアクセスが難しい方は、メール(minami.ootori@gmail.com)でも受付いたします。)

特設ページURL
https://www.miyazakiminami-ootorikai.jp/LP/

衆議院議員 長友しんじさんインタビュー〜「置かれた場所で咲く」〜

宮崎南高校出身で、現在は衆議院議員として活動されている長友慎治さん。鵬会の理事会にも積極的に参加され、8月の総会・懇親会にもご出席予定です。今回は、高校時代の思い出や政治家になるまでの歩み、後輩たちへのメッセージを伺いました。

・宮崎南高校での思い出

高校時代、長友さんは生徒会長を務められました。

印象に残っている活動のひとつが、ベルマークを集めて車いすを購入し、施設に寄付したことです。生徒会活動を通して、学校の中だけでなく、地域や社会とのつながりを感じる経験となりました。

また、宮崎市内の高校が集う「四校定期戦」では、行進の先頭に立ちました。当時の西高の生徒会長とは、今でもつながりがあるそうです。

・けがをきっかけに、運動部から文化部へ

小中学生のころはサッカーに打ち込み、高校ではバスケットボール部に入部しました。しかし新人戦の前に負傷し、松葉づえでの生活に。体育の授業にも出られず、思うように練習できない日々が続きました。

その後、運動部を離れ、文化部であるユネスコ部へ転部します。一見すると挫折のようにも思える出来事ですが、長友さんにとっては、この転部が生徒会活動につながる大きな転機となりました。

・政治家を目指したわけではなかった

長友さんは、もともと政治家を目指していたわけではありません。当初の夢はジャーナリスト。しかし就職氷河期の中で新聞社への就職は叶わず、その後はフリーランスのジャーナリストなどを経験しました。

39歳で宮崎へUターンした後は、中小企業を支援する団体に所属。地元で懸命に働く人たちと向き合い、各省庁と関わる中で、強い疑問を抱きます。

「こんなに地元の人が頑張っているのに、省庁は何をしているんだ」

宮崎が軽く見られているように感じたことが、政治への思いにつながりました。そして周囲の方々から「選挙に出てみないか」と声をかけられ、導かれるように政治の道へ進むことになります。

・後輩たちへ

長友さんが大切にしている言葉は、

「置かれた場所で咲きなさい」

という言葉です。

けがをしたことで運動部を離れ、文化部に転部した。その経験があったからこそ、生徒会長になろうと思うことができた。自分が望んだ道ではなかったとしても、その場所で全力を尽くすことで、新しい道が開けていく。

長友さんは、自分の「やりたい」という気持ちだけでなく、周りから求められたことに応え、どんな場所でも全力を出すことの大切さを語ります。

「そうしていれば、おのずと誰かが成功の方へ導いてくれる」

高校時代の経験、社会人としての葛藤、そして政治家としての歩み。その根底には、与えられた場所で誠実に向き合い続ける姿勢がありました。

8月の総会・懇親会では、長友さんもご出席予定です。世代を超えて南高のつながりを感じられる貴重な機会となりそうです。

インスタグラムで動画視聴できます。下記からどうぞ!
https://www.instagram.com/reel/DZpIp3DyTkv/?utm_source=ig_web_copy_link&igsh=MzRlODBiNWFlZA==

令和7年度鵬会総会・懇親会の開催のお知らせ

今年もこの時期が近づいてきました!
下記の通り、総会、懇親会を開催いたします。

日時:令和7年8月9日(土)18:00~(17:30~受付)
場所:MRT Micc 2階 ダイヤモンドホール
※昨年までと場所が異なりますのでお気を付けください。
会費:一般 6,000円、学生 2,000円
主催:宮崎南高等学校同窓会鵬会

わが母校も、今年3月の卒業生が61回生となり、卒業生も年齢層の幅が大きくなりました。
たとえ、年代が離れていても、母校が同じ、ということに気づいただけで親近感がわきませんか?
この懇親会で出会ったのをきっかけに、年代の違いを越えて交流が始まった、という例をいくつも耳にします。
もちろん、偶然に近い年代の先輩、後輩に再会した、という例は数多くあります。

実行委員会では、初めて参加の方でも、一人で参加の方でも、楽しんでいただけるよういろいろ準備を進めております。
毎回、豪華景品が当たる抽選会も好評をいただいております。

昨年は、現役の応援団の演舞で大変盛り上がりました。
そのあとには、南高校公式キャラクター『みなぴょん』もかけつけてくれました。

まだ、参加されたことがない方も、参加してみませんか?

ただいま、下記のQRコード、またはこちらにて参加申込フォームを準備しております。

ご参加いただける方はもちろん、今年は参加できない方、まだ調整中の方も、フォームへの登録をお願いしております。
また、フォームへのアクセスが難しい方は、メール(minami.ootori@gmail.com)でも受付いたします。

事前の参加申込がなくても、当日いきなりの参加でももちろん大歓迎です。

昨年の総会の様子はこちら。